会社名 - Poetic Bridge "AMA-HASHI(天橋)"
詩と哲学


エリオット考究プロジェクト

エリオットの詩を通して、詩とは何か、言葉とは、表現とはを
考えます。ワークショップ随時開催。

T・S・エリオット詩句・賛  村田辰夫 著

2016年5月31日刊行! NEW!

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著者のエッセイが日本翻訳家協会のホームページに掲載されました。
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大阪洋書のHPで紹介されました。詳細はここ















一部抜粋


T・S・エリオット詩句・賛(60)
 
「わたし達はみんな空っぽ。腹にはごてごて詰め物はあるが、頭は藁屑。それを互いに寄せ合って、カサカサ声で囁きあってる、声は静か、だが意味はない。枯れた草に吹く風みたい。乾いた地下倉庫の割れガラス瓶のうえを行くネズミの足音。//顔かたちのない面相。色のない影。麻痺した力。行いのない身振り//真直ぐものを見、あの死の岸に渡った人よ、願わくは、わたし達を、お願い、こう覚えておいてほしい。荒々しい魂の持主でなく、ただ、空っぽの人間、詰め物いっぱいの者と。」

<オモテ> 随分の「意訳」だが、これはThe Hollow Menなる題名を「うつろなる人々」と深瀬基寛氏が訳しているエリオットの詩の冒頭の第一節全部。詩全体は五節からなる。
<ウラ> 早速、「ウラ」だが、今回の「賛」は、この表裏が主題。そもそもと、まずは大上段に振りかぶり、「翻訳」とは、他言語に移し変えること。だが、ただ「語」を字引的に移し替えることではない。「内容」把握が必要。その際、それの表現は数通りかの断層から一つを選ぶことになる。堅苦しい訳や、やわらい訳。漢字多用は前者。大和言葉、口語使用は後者。hollowの字義「うつろな、中空の、内容のない、無知な」(『研究社、リーダー英和辞書』)を、深瀬氏は「うつろなる」と和らげながら、文語的「なる」を使う。menを「人々」とし、それに伴うweを「われわれ」と訳す。だが、わたしは、ここで、「うつろな」を「空っぽ」、we…menを「わたし達みんな」とした 、ここには微妙な視点の相違がある。深瀬氏の「人々」を含めた対象描写は客観的。それに対し「わたし達みんな」は、自分も含む主観的描出、私的告白的。概して、西洋の詩の翻訳は漢語的、客観的、主観排除的となり、これが所謂「現代詩」の特質と見做される傾向を生む。わたしの「意訳」はこれの裏側。

<ナナメ> 実は、これと同じことがエリオットの原詩で起っている。ある意訳「世の中をじっと観ておられる賢いお方が、わたし達の心のなかを具に観察されると、五体五感を通じて起こっているものごとには、実は実体がない『空っぽ』なんだ。形があるとおもっているが、実は、『空っぽ』。だけど、そこに、その<もの>はあるのだ。分かるかな。なにかが<あって>それが出たり、消えたりしているんじゃないだよ。みな、それが分からず、ガタガタ、苦しんでいるけど、な。」そう、これ、お気付きと思うが、『般若波羅蜜多心経』の冒頭。あの「観自在菩薩」から始まるやつの(以下、原文省略)。実は、エリオットはこれを英訳文、あるいは、多分、原語で読んでいた。それで、その内容を「詩」にした。深瀬訳では、こうなる。「われわれは虚ろなる人間/剥製の人間/ああ、藁の詰まった頭を/いっしょに寄せ合っている/囁きあうときの乾いた声は/静かだが意味がない/枯草に吹く風か/乾ききった穴倉に散らばった/割れガラスの上を走りまわる鼠の足音のようだ//相貌のない様相/色彩のない陰影/麻痺した力/行為をともなわない身振り」

<オモテ> お『経』の元はサンスクリット。それを三蔵法師玄奘が漢訳した。その時、この僧は原文にはないが、自分の弟子の名「舎利子」(シャーリプトラの当て字)を入れ、口語化、親近化を計った。黒板書きの冷たさを排除。
<再びナナメ> ともかく、エリオットはこの「経」を読んでいた。「真直ぐものを見、あの死の岸に渡った人よ」は、「ギャアテイ ギャテイ ハラギャティ ハラソウギャテイ ボウジソワカ」(往ける者よ 往ける者よ 彼岸に往ける者よ 彼岸に全く往ける者よ。幸いあれ)(中村元、、紀野一美訳)の「意訳」部分である。原詩の「麻痺した力」などは、「無色無受想行識」の印象を文字にしたものであろう。詩には「色即是空、空即是色」も髣髴している(何処であるかは、ご推測を)。

<ヨコ> エリオットはこうした多言語や他作品への言及、利用を「借用」と呼ぶ。日本文学での「本歌取り」に似る。エリオットの場合は、比較的対照性が強い。この詩では「自己認識」、「自己風刺的」でもある。決して「教訓的」ではない。西欧の詩を手本にしての導入の場合に失われ勝ちの機微。「現代詩」の学び方の偏りがここでもまた気になる。
<タテ> だが、ここはエリオットの詩学教室ではない。「賛」。もっと身近な日常的な詩の世界一般の話。つまり、なにか「書こう」とするとき、わたしたちは、お腹か頭に、なにかモゴモゴしたものが出てくるようだ。それを言語化し、詩化する。その時、元にあるもの、それを仮に「原文」と呼ぶならば、その原文の内容を「翻訳」しているのではなかろうか。モゴモゴ「ことば」を探し、最終的に詩に仕上げる。この「モゴモゴ」作用の時、あの語にするか、この語にするか、ちょっと硬い目、いや、柔らか目。薄口醤油で味付けするか、濃口か、甘み、辛みは。近頃流行りの塩控えめか。これは調味法だが、これも含めてモゴモゴと「移し変え」る。翻訳している。「生身の蛸の感触」は変わらぬように調理している。蛸は烏賊でない。まして干物のスルメではない。なにを言う。スルメは噛めば噛むほどよい味がする。(「現代詩」を見よ)。それはお好み。ここは味論争ではない。「翻訳」、移し変えの話です。みなさん日常、詩を書くときは、勿論、普段でも、この「原文」「転化」をしておられるのではないか。エリオットの「転化」の妙を見た「賛」。以上。
(『らびーん』192号 2014・12)



F・H・ブラッドリー金言・賛  村田辰夫 著

2017年中には刊行予定

















一部抜粋


金言1『待つ者には総てが来る――就中、
     死が。』
 
 賛――「恐らくは死出の門出に使うらんとステッキを買うケンブリッジにて」 すでに人生逆算の時期。多くの死をみた。赤子は死の数を知らない。口惜しい死の方が多かった。無残な死もみた。納得のゆく死もあった。無き数に入りたる人の魂(たま)温たかく、数人の身内の人が語りかけた、準備しろと。
 いづれ魂と肉体が最後の、文字通り必死の戦いをするときが来る。そして最後の最後は肉体の量感が魂の気力を圧倒する瞬間が来る。肉のバーベルを持ち上げる気力が最後に失しなわされて(、、、)、肉の下敷きになり、肉がもう動かなくなると、年表ができあがる。その時が必ず来る。まだ汽笛の音も、種痘のあとのように見える機関車のライトも、霧の線路の向うに見えはしないが、いづれは来る。僕は駅に着いた。プラットフォームに来た。そして立っている。「時間はまだあるみたいですなぁ。でももう来るでしょう。立って、待ってます。いや、もう座らなくても――。そんなに時間もないんですから。」
 ケンブリッジに帰りたいと思った。マドリードのホテルで、ベッドに洋服を着たまゝ、あお向けに寝ながら、安い飛行機の切符が買えるのを待っていた。もう見物するところは見物して、三日ほど時間をもて余していた。ケンブリッジは、仮りの、一年の宿なのに、安住の地のように帰りたかった。中国にも二年近くいた、昔。あの頃は、南団柏の、張さんの家のアンペラを敷いた部屋が安住の地であった。日本は。長い。けど一週間ほど前に見たアンダルシヤ地方の歴史に比べれば、僕の日本滞在期間は短かい。旅にあれば己が寝床を恋しかり。子供の時分から随分寝る場所が変っている。あの部屋、あの部屋、あこ、あこ、あこ。故郷、安住の地、自分の本当の寝床とは。日本か、日本の 何処だ。行きゆきて、行きつく先は、死の床。そして、恐らくは、恐らくは、そこは魂の出達の場。また何処へ。少くとも肉体の外へ。今よりもっと同質、同族の共通性の感じられる世界へ。
 金言2『「太陽は死滅せず、また固定せず」*
    さらば好し、わが人生の雲に隠るは』
(原注、ラ・ロッシェフコー『道徳考』第二十六)
 
(Francis Herbert Bradley(1846-1924)イギリスの哲学者。観念論の哲学を説く。主著『現象と現実』。「カント以来の大物」と評される一面もある。オックスフォード大学(マートン・カレッジ)のフェローであったが、病身(腎炎)のため終身教壇にはたゝず、隠遁者風の生活を送るが、大学の会議等には必ず出席した。独身。社交好き、批評は鋭く、ユーモアあり。風采、口髯あって「偉人」風。彼の哲学は”Somehow”(「どういうわけか、ともかく」)の哲学と渾名される。「奥義的」ともいわれる。A.C.Bradley(オックスフォード詩学教授)の兄。
 T・S・エリオットはハーバード大学大学院哲学専攻中の一九一四年、奨学金を得て、ブラッドリーの哲学を学ぶべく、マートン・カレッジに留学。多大の影響を受ける。彼の詩論のみならず世界観の骨子はすべてブラッドリー哲学から出ているといっても過言ではない。一九一六年この哲学者に関する博士論文を書いた。現在『F・H・ブラッドリーの哲学のなかの認識と経験』の名で出版(一九六四年)されている。オックスフォードではエリオットは直接ブラッドリーからは習わず、高弟のHarold Joachimの指導を受ける。論文提出直後にエリオットは英国在留を決意したため博士号取得に必要な試問を受けにハーバード大学に戻らず、ために博士号は未取得に終る。
 ここに訳した金言はF.H.Bradley, Aphorisms(Oxford:1930)による。金言は全部で百ある。逐次、翻訳、賛を付して連載にしたいと考えている。)


マリア・サンブラーノ考究プロジェクト


マリア・サンブラーノの作品を通して、詩とは何か、言葉とは、表現とはを
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マリア・サンブラーノの詩学
Listening to Maria Zambrano
by Mariko Sumikura


目次
 
邂逅の幸福についての想い
心の情念についての想い
生の意識について
「こころ」の哲学
継がれゆく知の炎について
わたしのこころに輝く南十字星
マリア・サンブラーノの詩学
流星の女-ウルグアイの詩人スサナ・ソッカ
追悼「スザナ・ソッカと星座」展のこと
魅惑のフレーズ、珠玉の言葉
Contemplation on Happy Encounters
Contemplation on Consciousness of Life
Contemplation on Pathos
María Zambrano
あとがき


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